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[07月21日] ヴァイオリン音楽の美についての考察 [音楽と感動]

[07月21日] ヴァイオリン音楽の美についての考察

名古屋のヴァイオリン弾きなら誰でも知っているK先生の門下生の発表会を聴いた。
後半部分だけだが知っている人が数名とピアノ伴奏の先生も馴染みだ。審査員席だ。
難曲だらけだ。聴いている内に必然的に自分がコンクールの審査委員になっている!

身勝手な性分だ。ステージでの演奏は怖いが練習の成果を見て貰うのは快感なのだ。
丁度オリンピックを目前にして運動選手の活躍ぶりや全英オープンゴルフが話題だ。
早朝テニスの間にも考え、日本人の美学について日記で言及したばかりだ。美とは?

スポーツなら勝敗が第一だが芸術も勝負だ。図らずもそれを痛感する機会になった。
東京に出て研鑽した人の演奏が成長ぶりを見せる。ロビーで会った時はのんびり顔。
音楽に集中している時は別人だ。確かな成長はいい教師に就いている証拠でもある。

しかし演奏者が変り、違う曲を演奏するのを観て聴いているとどうしても比較する。
他人の演奏を批評したくなるのは素人の特権だ。デュアル脳理論に基いた美学論だ。
声楽や管楽器それにピアノと違いヴァイオリンには特有の音楽のセンスが不可欠だ。

第一に右手のボーイングと左手の運指とビブラートがまるで異なる点が挙げられる。
心つまり潜在意識の主が命令し、小脳系がニューラルネットワーク回路を駆動する。
聴くときは心の主が耳で音を集音し小脳系に比較分析させる。美しい楽音は快感だ。

棒音は耳障りで不快。心の本体の間脳系の視床下部で好き嫌いを判定し褒美を出す。
小脳のニューロンを駆動して作り出す音で聴く人の聴覚回路を揺さぶるのが音楽だ。
問題は揺さぶり方だ。単純では飽きる。不協和音で濁してからの和音は印象が深い。

作曲家は様々な発想で試行錯誤を繰り返し名曲を創り上げて来た。演奏家も同じだ。
自分なりの創意工夫でより好印象を与える音楽を作る。指導者はその才能を伸ばす。
第一に続いて、関節の動きがポイントだ。滑らかな動きが安心感を生み出す基本だ。

右手も左手も全部の関節が柔らかく動くかどうかが鍵だ。固いと音にも出てしまう。
演奏者には関節が固いか柔らかいかが分からない。指導者が見て教える必要がある。
ピアノの美しい響きもピアノにも依るが大部分は奏者が創り出すものだ。共通する。

こんなことを批評家ぶって言ってみても所詮、理解出来る人はいない。悪あがきだ。
演奏者が真剣に曲に集中して弾くヴァイオリンの音がホールに響き亘る。羨ましい。

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prohitskh

Saoriさんのコメント
 興味深く拝読しました。
 関節の柔らかさも非常に大切だと思いますが、「美しい音」にはやはり、「脱力」が大事なように思います。スポーツも音楽も「脱力」する事ができるようになると、途端に楽しくなるような気がします…。
>Saoriさん コメントありがとうございます。
 力みは滑らかさを壊します。私の指摘はビブラートの真髄の捉え方です。ピアノにはないセンスかも。

by prohitskh (2012-07-22 23:58) 

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